いつか月夜に


 野外でテントを張って寝るのは、極力避けたい。
 モンスター避けの魔法効果が施してある高価なテントだと言っても、如何せん携帯用の使い捨ての代物で、本当に安全とは言えない。寝心地も悪いし、狭苦しいしで、疲れが取れない。
 できる限りは村や町の宿屋で寝るようにしているのだが、時には野営をするしかないこともある。ブラック・レインの相棒のドラゴンのスティンガーが入ってこられないような場所にある、最寄の集落に日帰りするのは無理な目的地に行くときだ。そういうときは、本格的に日が暮れる前にテントを張って野営をするしかない。

 野営をするとき、テントの中で皆が寝る位置は、大体決まっている。
 スティンガーが入ってこられないような場所、ということは普段はどこかに消えていることの多いブラック・レインも移動手段がないので皆と一緒にいる。彼の寝る位置はテントの一番端。その隣にはヴァン王国からレインの監視役も兼ねて派遣されているニール神父が寝る。
 殺し屋で【賞金首】、元々はエストスを付け狙っていた敵であるレインに対して、最初は皆、近付くことに緊張したり、敵意や警戒心、怯んだ様子を見せていた。特に誘拐されかかった当人であるエストスは、最初のうちは他のメンバーに隠れるようにして、決してレインに近付かなかった。
 だが皆、段々レインの存在に慣れてきた。
 他の皆の呆れるほど早い【賞金首】への順応に比べると、エストスはさすがに慣れるのが遅かった。だがレインはファウストやアレクと同様、酒が好きだ。それも明るく騒ぐ陽気な酒を好むアレクと違って、ファウストと同じく、静かに呑むのを好む。泊まった宿屋の酒場に三人が顔を揃えることがあっても、アレクは他のメンバーか見ず知らずのハンター達と騒いでいて、賞金首と魔族は静かに呑む、というパターンが多かった。レインの方も騒々しいアレクよりは少女の体を借りた魔族と席を並べて呑む方がマシだと思っているらしくて、ファウストが隣で呑むことに対しては特に嫌な顔をしなかった。
 ファウストがレインと酒を呑んでいるとき、エストスは寝ていることもあったが、体の主導権をファウストに渡していただけで、表には出てこないが起きてはいたことも同じくらいあった。
 旅が続き、ファウストとレインがそれぞれ自分のペースで酒を楽しみ、ぽつぽつと会話を交わした累計の回数が増えるにつれて、それに奇妙な形で同席していたエストスもレインに慣れてきた。
 今では、さすがに自分からレインに近付いたり話しかけたりはしないが、レインがいるだけで恐怖や緊張を感じているということはない。
 いいことだとファウストは思う。
 エストスは危険な事柄に対して、接触を完全に絶つ、という対応しか知らない危機管理能力の低い【白翼族】であることを考えると、【賞金首】に慣れすぎるのもまずい。だが、今はロマシアの三魔士とロマシア王を倒して闇魔法を再び封印するために、ブラック・レインの力が必要だ。行動を共にしなければならない以上、レインの存在に対して不安や緊張といった負の感情を覚え、それが心理的負担になるのは良くない。
 楽な旅ではないのだ。負担は極力少ないほうがいい。
 エストスは天界では、天空城の士官見習いをしていた。天空城の士官というのは完全な文官で、荒事とは縁がない。負担のうちかなりの部分はファウストが魔力で体の調整を行うことで解消しているとは言え、ハンターの旅に同行するのは、エストスにかなりの苦労を強いることになっている。
 おまけに、年頃の娘がろくに風呂にも入れず、男女が同じテントだ。大丈夫なのかと最初は思ったが、心を読んでみるとエストスは単に
(お風呂に入りたい…)
としか思っていないので安心している。
 ファウストに体を貸していることで、プライバシーのない状態に耐性ができているというのも幸いしている。だが、なんと言ってもまだ性的に子供で、異性の存在を意識して緊張したり、相手が自分のことを性的に意識してしまうかもしれないと考えてそれに対して緊張したりという気持ちが乏しいのが大きい。エストスがまだ子供であってくれて助かった。
 大人の女性であるシャイアはと言えば、こちらは肝が座っている。男の浮ついた助平心などしおしおと縮ませてしまうような静かでまっすぐな眼差しをして、必要なことだからそうしている、と言わんばかりに淡々と、男と同じテントで平然と寝ている。大したものだと、ファウストは感心する。
 とは言ってもやはり、隣の相手が異性だとうかつに寝返りも打てず、疲労回復上の問題がある。なので男性陣と女性陣の間に、全く別種族のため人類の女性が隣でも問題がないウルグが寝そべる。
 レインとニール、ウルグの位置は決まっている。なのでエストスとシャイア、アレクとクリスの位置がそれぞれその時によって入れ替わる程度で、いつも大体同じ配置になる。


 だがそれは、皆がテントの中で横になり、本格的に寝る体勢に入るときの話だ。
 日が暮れる前にテントを張り、食事を済ませると、寝るにはまだ早すぎるので空き時間ということになる。そういった時には、テントの中や外でそれぞれ思い思いに武器や装備品の手入れなどをしながら、好きな場所で雑談などを交わす。
 そうやって、休息のひとときを過ごしているときのことだった。
「なーなー、ファウストー」
 気合の抜けまくった声で、テントの中でくつろぎクリスとダベっていたアレクが話しかけてきた。
「何だ、そんな気の抜けた声で」
「一度聞こうと思ってたんだけどさぁ、魔族ってどんな風に暮らしてたんだ?」
「……?魔族の暮らし方か?」

 魔族が地上で人類を支配して暮らしていたのは、もう六百年も昔の話だ。
 【翼なき者の反乱】と呼ばれる戦いのあと、地上は大混乱に陥っていた。ファウストを含めた全ての魔族が封印されたのはその頃だ。
 魔族の中でただ一人、天界の天空城に封印されていたファウストは、白翼族の娘であるエストスに封印を解かれた。不完全な封印の解かれ方をされたために消滅しかかっていたところを「自分が体を貸す」とエストスが言い出して、彼女に憑依することになった。
 エストスと共に地上に降りてきてみたら、地上の人類はすっかり魔族や白翼族を伝説の種族扱いするようになっていた。
 混乱と荒廃の中から人類がどうやって復興していったのか、封印されていたファウストには知りようがない。だが、【翼なき者の反乱】直後の地上の荒廃ぶりから考えて、一切の記録が失われて、証拠もなく語り継がれる話はやがて物語として扱われるようになったのだろうと容易に推測がつく。
 伝説として語り継がれるうちに話が大袈裟になったらしく、現在の地上の人々は魔族をやたらと特殊なものだと思っているようだ。
 だが実際には魔族が地上でやっていたことは、人類から見てそう変わったことではない。

「ああ。ほら、風習、とか、決まり事、とか、流行ってた事〜〜、とか」
「………そうだな。別段、今の人類と変わりはないぞ」
「へ〜……。仕事とか、何やってたんだ?」
「仕事というようなものはない。…今の人類で言えば、支配地を持つ領主、と言うのが近いな。支配地を持ってそこに住む人類を従え、彼らに働かせた金を吸い上げて贅沢な暮らしを送っていた。同時に、支配地を繁栄させて豊かにさせ、自分の気に入るような整った町並みを作らせたり、人々を着飾らせたりして楽しんでいた。そこに住む人類の暮らしも良くなるわけだが、そこは我々魔族だ。領民を遊びで狩りたてて殺したり、慰み物にしたりもした」
「……や、やっぱり魔族って残酷……」
「だが、そう言ったことも人類の王族や貴族で暴君と呼ばれる者がやっていたのと大差ない。結局のところ魔族は強力な魔力があって老いないだけで、やっていたこと自体は人類と大して変わらん」
「……はぁ。なんかファウストと会ってから、魔族のイメージって大分変わったなぁ…。魔族同士の付き合いとかは、どんな感じだったんだ?」
「それも今の、領地を持つ貴族の付き合いと大差ないだろうな。あ、婚姻の概念は無いな」
「えっ…」

 契約の数が力の証明になる魔族の間では、現在の人類の大半が取っているような一夫一妻制の婚姻というのはありえない。
 そんな話をしていたら、もう遠い昔のひとのことを思い出してしまった。
 考えても仕方のないことだと、思い出を振り払う。もう、過ぎたことだ。

「…ファウストって彼女、いなかったのか。意外〜〜…」
「俺は魔族にしては変わり者だからな。言い寄ってくる相手はいたが、大して話も合わないし、興味が持てなかった」
「へ〜〜…。勿体無いつうか、ファウストらしいっつうか…。じゃ、友達は?」
「ルイフィリアスくらいだな。趣味が合わなかったのはルイも同じだが、何故かは知らんがあいつだけは昔から積極的に俺に関わろうとしてきた」
「ふーん…。でも、仲は良かったんだろ。趣味も合わないのに、なんでだ?」
「…そう、だな。たぶんお前が思っている以上に、魔族と人類の差は大きくない。そのせいだと思ってくれ」
「???……何だそりゃ」

 もうどのくらいの長さなのかも分からない年月を生きている魔族が口に出す言葉としては、あまりにも子供じみているから、本当のことは黙っておこう。
 他に友達がいなかったからだ、なんてことは。
 だがそれが、本当のところだ。


 他種族と対等に関係を築こうとしていた俺は、魔族の中では本当に、変わり者だった。
 そして親しくなった者がいても、人類や白翼族と、魔族では、命の長さが違いすぎる。
 親しくなった者も、愛した人も、今はもう、いない。
 変わり者の俺と積極的に親交を持とうとしたのは、魔族の中では、ルイだけだ。
 言い寄って来る女はいたが、それは友達と呼ぶべきものとは違う。
 友達と呼べる相手は、本当にルイだけだった。
 何かとちょっかいをかけられて、趣味に合わない遊びに付き合わされて迷惑もしていたが、やがて去っていくと分かっている相手との付き合いにはない楽しさがあったのも確かだ。

 ルイ、俺はお前がいてくれて嬉しかったよ。


(……ねえ、ファウスト…)
(………。俺はルイを再び封印しただけだ。…ルイは、いなくなったわけではない)


 死んだのではなく、封印されているだけだ。いつかまた遠い未来に、会えることもあるだろう。
 その時には、戦わなくてもいい状況であってほしい。

 その時が来たら、お前の好きな酒の栓を抜いて、酒を酌み交わして話をしよう。
 お前の好きな月が綺麗に見える、晴れた月夜に。


(………本当に)

 その時がいつか、来てほしい。ファウストはそう願った。



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 キャンプイベント「恋の話」から考え付いた話。
 友達がいなくて、ルイにかまってもらえて嬉しかったファウスト様!

 わあ格好わるーい。

 私が書くとどんなキャラクターも、精神的に弱いヘタレになりますな。なんせ自分がヘタレなもんで、精神面で強い人の心理ってわからなくて感情移入できないんですよー、あははー。
 …ヘタレ化させていても、ファウストを含めてLoTSキャラクターを貶めようとする意図はありません。愛はあるんです。全ては愛ゆえです。そんな愛はいらないと即答されそうですが。

 ええと。不良くんに何故だか気に入られて、引っ張りまわされて趣味の合わない遊びに付き合わされて迷惑してるけど、周りの他の子とも趣味が合わないもんだから友達ができてちょっと嬉しい秀才くん、みたいな感じでしょうか。
 テントの中で寝る位置の話は、前から考えていたネタです。ファウストの保護者っぷりを出したかったんですが、前半、冗長かも。

 …まあ粗製濫造なので、クォリティについては気にしないことにします。(免罪符)