愚者よ踊れ 1章


 【魔法の王国】の名を掲げるヴァン王国の首都、ヴァン。
 ヴァン大陸の西部に位置するこの町は、【魔法の王国】の首都らしく、高い魔法力を背景に栄えている。
 教育の普及に力を入れている町なので、一般の臣民も含めた住民の教養の程度は高い。教育程度の高い人々に支えられて、魔法力と共に科学も、文化や芸術も発達している。治安も安定していて、町全体が豊かで美しい。
 町の大通りは、国王が住まうヴァン城に繋がっている。
 城壁の門をくぐり、ヴァン城に通じる道を選んで進むと、美しい風景が広がっている。道の周辺には樹木や花々が植えられ、丹念に手入れされていて、庭園散策をしているような気分だ。事実、ヴァン城に用はないのに景色を楽しむためだけにこの道を歩く者も多い。
 そういった者でも、問題なくこの道を歩ける。それどころかヴァン城の中に入ることもできる。
 城内にある女神教の教会の礼拝堂は常に兵士に見守られていて、兵士に見咎められるような不審人物でない限り誰でも入ることができる。その他にも公開されている区域があって、身元が確かであることを示して受付を済ませれば、自由に見てまわれる。公開されている部分だけでもかなりの広さがあり、城の中で迷ってしまう来城者は珍しくない。
 経済と文化と芸術の発達したヴァンの王城らしく、城の内装や設備は美しい。世界で最も美しい城だと、ヴァンの臣民達はこの城を誇る。

 美しく豊かな町の、美しい城。
 しかし今、その美しい町は侵略者によって踏みにじられている。
 強力な結界で敵の侵入を阻んでいるヴァン城の門は集中攻撃を受けていて、打ち破られるのも間近だった。

 突然ヴァンに攻め込んできたのは、獣人族の兵士達とアンデッドの大軍だった。
 これまでの情勢からしても、獣人族の兵士が身につけている装備からしても、敵はケルグ軍に間違いなかった。
 見張り用に設けられた尖塔の上で警備についていた兵士の報告によると、ケルグ軍は突如、ヴァンの町の周りの草原に現れたという。
 やがて塀越しに接触を試みた兵士を通じて敵からの要求が届けられ、その要求はセレエ王をはじめ、国の中枢に深く関わる者を愕然とさせた。
『闇魔法を封じた【封印】のオーブを渡せ。さもないとこの国を壊滅させる』
 もはやケルグが、一年前ノルダを壊滅状態に追いやったあのロマシアと手を組んでいることは明らかだった。

 敵はヴァン城の正門に攻撃の的を絞って、休みなく攻撃を繰り返している。
 結界を張っている魔道士達にもそろそろ、疲れが見えはじめている。結界が破られ、敵が城門から雪崩れ込んでくるのは時間の問題だった。

 今は結界を張ることに専念している魔道士の多くは、ヴァン軍の魔法部隊の者だ。これ以上、魔道士達が魔力を使い果たすと、敵が城内に攻め込んできた際に十分に対抗できなくなる。
 ヴァンの名高い魔法騎士団の団長は攻撃に転じることを決意し、敵の増援の報告と共に、セレエ王に出陣の許可を願った。
 しかし、年若いセレエ王は、魔法騎士団の出陣を許可しなかった。敵を信じたいのだと言い、そして、いざとなれば自分も戦うと言った。
 セレエ王の実兄で、世界で有数の炎の攻撃魔法の使い手であるヴァーシスは、セレエのその真摯だが幼稚な決意を一喝した。


「お前が加わったところで何も変わらん!」

「お前はヴァンの国王だ。ここで必死に結界を張ってる奴等はな、お前を守るためにやってるんだ!」



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