愚者よ踊れ 3章


 まもなく、作戦行動の説明のため、各部隊の長がヴァン城の大会議室に集められた。
 長と言っても、将軍達は各都市に散らばっていて、ここにはいない。議長役を務めている魔法騎士団長を含め、ほとんどが実際に戦場で戦う立場の者である。戦闘員でもある彼ら彼女らは、自らも高い戦闘能力を持つ。
 とは言っても、魔法使いの強さは、見た目では量れない。
 魔法騎士や一般の兵士は、武器を扱うために体も鍛えているし、武器を持ち鎧を纏うことに慣れてもいる。武器や鎧の重さに耐えられる必要があるため、エルフ族の兵士であっても、エルフ族にしては体格のいい者が多い。そのため魔法騎士や一般兵は見た目も戦闘員らしいのだが、魔道士達については全く、見た目からその強さは分からない。
 魔法や魔法効果のある武器を使いこなせる、つまり魔力のある者であれば、ある程度は相手の気配から魔力を量ることができるが、あくまでも『ある程度』だ。魔法を使っている時か、魔法を使うために集中している時でないと、本当の力は分からない。
 しかし、全くそれらしくない外見の者も含めて、間違いなく強豪が揃っていた。
 プラチナブロンドの長い髪に水色の目、いかにも貴族階級のエルフ族らしい華奢な体つきのたおやかな若い女性、シェスカ・イルジナは現在ベルリアスから行軍中のイルジナ大将軍の孫娘だ。攻撃魔法を扱う宮廷魔道士として代々、王家に仕えてきたイルジナ家の中でも百年に一人の逸材と言われる氷魔法の使い手で、数年前にマジック・アカデミーを首席で卒業している。アカデミー在籍時に、訓練中の彼女を見たヴァーシスから練習試合の申し込みをされたほどの剛の者だ。
 赤っぽい金髪に陰鬱そうな青の目、いつも子供にがみがみ文句を言っていそうなお母さん、といった風情の不機嫌そうな顔つきの小太りの中年女性、ラジーナ・グルシュは十数年前のヴァン大陸北西の都市で起こった内乱を小規模なうちに早期鎮圧した功績のある猛者だ。土魔法の使い手でもあり、彼女の率いる魔法部隊は何度も、嵐や大雨の際に堤防の決壊を防ぎ、幾つもの町や村を洪水から守っている。
 枯れ枝のように痩せているので実際以上に老けて見える初老の男、ファジュラ・キムスナンは攻撃魔法に話を限れば現在の宮廷魔道士の長、大魔道士ブロスよりも優れていると言われている。ヴァーシスが少年時代に目標として名を挙げていたほどの男で、五年ほど前にキムスナンが「ヴァーシス様は既に私の力量を遙かに凌いでいます」と言い出したときには皆が驚愕した。
 結界を張ることに集中していた魔道士達は、部下に無理をさせて一時的に持ち場を離れている。そうまでして魔道士達を招集したことからしても、今の状況からしても、作戦内容を説明され次第、結界を築くのをやめて反撃に移るものと集められた皆が思っていた。

 戦闘員の魔道士は通常、魔法の研究にはあまり関わらないし、極端に素行の悪い『不良王子』だったヴァーシスは公式の場に出されることは少なく、本人も公務を嫌っていた。
 そのため、ここに集められた者のうちでヴァーシスの顔を知っている者は、王族を身近で護衛している魔法騎士や、シェスカ・イルジナやファジュラ・キムスナンなど公務以外でヴァーシスと関わる機会のあった少数の者だけだ。
 しかし、誰かに教えられる必要もなく、彼らは入室してすぐ、騎士団長の隣に立っている男が誰なのかわかった。

 彼ら彼女らが実際に見るのは初めてなその男は、大人の男としては小柄で、上流階級のエルフの典型的な、骨格からして華奢なすらりとした体つきをしていた。エルフ族にしては体格のいい魔法騎士団長が前に立ったら、姿がすっかり隠れてしまいそうだ。
 しかし、眼光は鋭く、ほっそりした小柄な男なのに目線が合ったら怯まずにいられないほどの存在感と威圧感がある。
 やたらと迫力があるのは、その異様な風体のせいもあるだろう。身分の高いエルフ族は普通は使わない紋章を、よりによって頬に刻んでいる。暗い色合いの銀髪は、前髪の一部だけが真っ赤だ。うんと昔は攻撃魔法を扱う魔道士が着る定番の服だったという、現在でも武闘派を自称する一部の魔道士が好んで着ている古風な衣服を着ている。
 顔に紋章、金色の鋭い目、一房だけ赤く染めた前髪、攻撃魔法を使う魔道士であることを強調するような衣服。魔法に優れるエルフ族の中でも、炎の攻撃魔法については並ぶ者がいないと言われる先王の長子、現王のセレエの兄であるヴァーシスに間違いなかった。

「―――作戦を説明します」

 窓を背にした、本来なら玉座が置かれているはずの位置には今、どっしりとした装飾のついた枠で飾られた厚く大きな木版が据えられていて、木版には簡略化したヴァン城敷地の地図と、兵の配置を色つきで図解した大きな紙が貼られている。
 騎士団長は手にした長い指し棒で図解を示しながら説明をした。意表を突く作戦内容に誰もが仰天し、立案者がヴァーシスだと騎士団長が述べたときには、さもありなんと思った。


 作戦内容のうち、集められた指揮官達をまず驚かせたのは、現在は結界を築いている部隊のほとんどの者は継続して結界を張ることに専念する、ということだった。
 この場に集められた者達の多くは、自分の部下ではなく、軍以外の王立機関に所属する魔道士や予備役といった、戦闘員としてあまり高い能力は期待できない者を指揮することになる。
 軍人でない魔道士達は、たとえ魔力は十分でも実戦での殺し合いをやるには訓練も、覚悟も足りていない。ならば直接戦わせるのではなく、その魔力だけを利用させてもらえばいい、というのがヴァーシスの考えだった。

 軍人でない魔道士のうち炎系の精霊魔法が扱える者、およそ二千人に、ヴァン城の敷地の中で正門に向かって、弧を描くような陣形を作らせる。正門の周りに半円を描くような配置だ。
 その内側で軍に所属する魔道士、外側の魔道士の十分の一ほどの人数がそれより小さな陣形を作る。
 そして更に内側に、数十名の特に優れた魔道士が半円を作る。
 半分に切った同心円の中心には、ヴァーシスが立つ。
 同心円の一番外側の、軍人でない魔道士達は炎の精霊を呼び集め、円の内側にいる軍人の魔道士に向けて送り込む。軍人の魔法使いは、送り込まれた大勢の魔道士からの魔力を束ね、精霊を制御して、更に内側の魔道士に送り込む。その力の奔流を優れた魔道士が押さえ込み、暴走しないように制御して、ヴァーシスに送り込む。
 ヴァーシスは二千人の魔道士の呼び集めた精霊とその力を全て受け取り、最終制御と実際の攻撃を行う。騎士団長がそう言うと、室内の者達の表情が変わった。
 無理もなかった。二千人もの魔法使いの呼んだ精霊の力を一人で制御するなんて、気違い沙汰だ。
 しかしヴァーシスは、常識の通じない強さを持っている。
「…約二千人の魔道士の魔力を受け取り、それを制御することは極めて困難であり、不可能に近い業です。皆様の中にも懸念がおありでしょう。しかし、ヴァーシス様は死の火山から出ることなく一年を過ごしておられたほどのお方です。詳細については省きますが、セレエ様の即位直後から一年と二週間ほど、ヴァーシス様は死の火山から出ることができない状態になっておられました。その間に以前より更に魔力を磨かれ、ヴァーシス様は今や、ご自身の体の一部のように炎の精霊を操る力を身につけておられます。ヴァーシス様でなければ決してできないことですが、ヴァーシス様が実行なさる以上、この作戦の成功率は極めて高いものです」
 政情不安を引き起こすだけで利点がない、との判断に基づいて、偽大臣による死の火山へのヴァーシス追放と封印のことについては公表されていない。行方不明になっていたヴァーシスが再びヴァン城に姿を現すまでどこにいたのかを今、初めて知った者達は、目を剥いてヴァーシスと騎士団長を凝視している。
 当然の反応だった。死の火山に一人で修行をしに行っていただけでも凄いのに、外に出られない状態で一年も生き延びるなど、常識では考えられない。
 だがヴァーシスは、生き延びたどころか……封印結界の外に出られるとその直後に、怒り狂ってはいたが心身ともに健康そのものの状態でヴァン城に帰ってきた。

 魔法に関して、特に炎の魔法に関してはヴァーシスには常識は通用しない。
 仲間の一人をヴァーシスの身代わりに立てることで封印結界の外にヴァーシスを連れ出すことに成功したあのハンター達は、【炎の悪魔】が人の姿で人語を喋ることに不審を覚えなかったのか、と魔法騎士団の副団長に詰め寄られたとき、ヴァーシスは火山内部の火の海の中で平然としていたのでまさか人類だとは思わず、実体のある精霊の中には人の形をとっているものもいるので、そういった類の炎の精霊の一種だと思っていたのだと答えた。
 ヴァーシスは確かに優秀な炎の使い手だが、精霊魔法というのは通常、精霊を召喚して、呼びかけに応えて集まってきた精霊を従わせて行うものだ。火山の中の炎はもとからそこにあるもので、ヴァーシスが召喚したわけではない。半信半疑でヴァーシスに確認したら、ヴァーシスはあっさりと、自分で召喚したわけではない炎の精霊を従わせてヴァーシスに害のない炎を作らせ、炎で炎から身を守っていたのだと答えた。火の中には炎の精霊が多いので、炎が激しければ激しいほど多くの精霊を従えることができて防壁も固くなるのだと言う。
 普通は魔法使いが精霊魔法で苦労するのは、呼び集めた精霊達をうまく従わせることについてだ。召喚に応えて集まってきた精霊を思い通りに動かすのさえ難しいのに、召喚されたわけではなく元からそこにいた精霊を強引に従わせるなど、普通であればできるわけがない。普通ならそうだが、ヴァーシスは普通ではない。そこに炎があれば炎の精霊がいて、ヴァーシスは自分で召喚した精霊でなくても炎の精霊を従わせることができる。
 炎の勢いが強ければ強いほど、ヴァーシスは多くの精霊を従えることができる。つまり攻撃力も防御力も高くなる。
 ヴァン王家に仕える魔法騎士として、王族を殺そうとした者に対して寛容さなど持ってはいけないとは思うのだが―――あのハンター達がヴァーシスを、偽大臣の言った【炎の悪魔】だと信じ込んでしまったのも、無理はないかもしれないと、どうしても思ってしまう。

「だが、俺でない者については問題がある」
 騎士団長の言葉が途切れると、ヴァーシスが口を挟んだ。
「最も内側の陣を作る者は、それぞれが一人で百人分程度の炎の精霊の力を束ねなければならない。少しでも気を抜けば、力の流れを押さえ込めなくなり、暴走した精霊に襲いかかられてしまう。約百人が呼び集めた精霊だ、体が燃え上がる程度では済まない。瞬時に爆発炎上して吹き飛ぶ。その場合、気の毒だが、精霊を制御しきれなかった者を助ける術はない。だが、力の流れが乱れたら、その乱れは即座に押さえ込まないと、力の均衡が崩れて新たな犠牲者が出る。なので、氷魔法の精鋭部隊であるイルジナ隊長の部隊は最も内側の円のすぐ側で待機、乱れが起きたら氷の精霊で炎の精霊を押さえ込む任務についてもらう。―――了解したか?」
 誰も答えない。ヴァーシスは少し眉を寄せ、それから、しまったというような表情を浮かべた。
「失礼した、シェスカ・イルジナ隊長の部隊だ。シェスカ・イルジナ隊長、最も内側の円陣での炎の乱れを押さえる任務に就いてくれ」
「は、はい!了解しました!」
 緊張に上擦った声でシェスカ・イルジナが答える。
 攻撃魔法を扱う魔道士の家系であるイルジナ家は、その中から何人もの優秀な軍人の魔道士を出している。そのため隊長位でイルジナ姓の者は、この場に三人いる。そのうちの一人はシェスカ・イルジナの母親、娘には及ばないものの優秀な氷魔法の使い手であるローザ・イルジナだった。結婚によって姓が変わったのは夫の方だったために今でもイルジナ姓で、つまり氷魔法の部隊を率いるイルジナ隊長としか言わないと、母娘のどちらのことか分からないのだ。
 ヴァーシスが口を閉ざしたので、騎士団長は続けた。
「最も内側だけでなく、その外の半円陣についても力の暴走に備えて水と氷の使い手の部隊を複数配置します。また、軍に所属しない者達からの力を制御する役割の軍人の魔道士は、陣形に着いている者と同数か倍程度の交代要員を待機させます。合計で千名ほどの魔道士が結界を築く任務から離れるため、その分は予備役と、王立機関に所属する者で炎や氷、水の精霊と相性の良くない魔道士で補います。軍人でなく、訓練の足りていない者を実戦で満足に戦わせることは非常に困難ですが、陣地内での精霊召喚や結界構築の任務であれば、優秀な指揮官である皆様の指揮のもとであれば必ず優れた結果を出せると確信しています」
 陣形の一番外側で炎の精霊を呼び集める魔道士達の指揮と、陣形を築くために結界を築く任務から離れる魔道士の代わりとして新たに結界を築く魔道士達の指揮。この場に集められた者達のうち、魔道士達のほとんどは、そのどちらかの任務を命じられた。

「敵はあと数刻で正門の結界を破り、城内に突入してくると予想されます。正門の結界が破られたまさにその瞬間にヴァーシス様が攻撃を放てるように、迅速に準備を整えて下さい。―――準備を整え、結界が破られるまで待機して下さい」

 結界が破られるまで待つのは、敵を消耗させるためだ。ヴァーシスに力を送る魔道士達と結界を築く魔道士達は別の集団だから、結界を築いている魔道士達が疲弊しても、正門から突入してきた敵に襲いかかる炎の攻撃魔法の威力に変化はない。
 正門が敵の手によって開かれると同時に、ヴァーシスは正門から外に向かって二千人の魔道士から集めた力で攻撃魔法を放ち、炎と爆風で何もかも吹き飛ばす。文字通りの意味で、何もかもだ。
 具体的に言えばこの作戦が実行に移されると、ヴァン城の正門から外側の半径1キロメートルほどは焼け焦げた大地しかない状態になり、半径5キロメートルほどは建築物が倒壊した瓦礫と爆心地から吹き飛ばされた瓦礫で埋もれ、壊滅状態になる。正門付近では敵は間違いなく全滅し、草木の一本も残らず、周囲の生気も炎の精霊の圧倒的な奔流によって吹き飛ばされているので、悪霊やアンデッドも復活できない状態になる。
 正門から数キロメートル以上離れた、周囲の生気が残っている場所から再び悪霊やアンデッド、正門から離れた場所にいたため攻撃を受けなかった獣人がやってくる時には、既にこちらは再び準備を整えている。
 再び襲いかかってくる敵に対する反撃は、再びヴァーシスが炎を放つか、騎士団と一般兵による攻撃になるか、そのときになってみないとわからない。いくらヴァーシスでも二千人の魔道士から集めた力をそう何回も制御できるものではないし、体力の限界までは粘らないと明言してもいる。
「万が一俺が力を暴走させたら、味方に大損害が出るからな。適当なところで後方に引っ込む。そのあとの攻撃は、兵士と魔法騎士団に任せる」
 主に紅蓮石を使ってのアンデッドの攻撃を命じられた一般兵の隊長、カザナン・タグタは背筋を伸ばした。彼の部隊は槍兵隊であり、隊員は全員が人間で、炎の魔力を封じ込めた紅蓮石を使っての攻撃に向いているとはとても言えない。しかし、タグタの目は生き生きと輝き、高い戦意が見て取れる。理由は明白で、状況は危機的だと思っていたのに、自分たちは敵に対して圧倒的な優位に立っていることがわかったからだ。
「お任せ下さい。ヴァーシス様が二千人の魔道士から集めた力での攻撃を一度でも受ければ、敵は大打撃を受けております。必ず侵略者どもを地に這い蹲らせ、このヴァンを踏みにじったことを心から悔やませてやります!」
 気合いの入ったタグタの言葉に、ヴァーシスは嫌そうな顔をした。
「…やる気があるのは結構だがな。一度だと?馬鹿にするな。最低でも三回はやってみせる」
 そうは言っても、数キロメートル単位で周囲を壊滅状態にするほどの魔法を、本当に三回も放てるかどうかは分からなかった。ヴァーシスがまだ十分に元気でも、他の魔道士の方が先に限界を迎えたら、力を集められなくなる。

 しかし、タグタの言った通り、二千人の魔道士から集めた力で一度でも攻撃されたら、敵は大打撃を受けている。
 まず、安全な場所からの魔法攻撃で敵に大損害を与える。魔法騎士や一般兵が攻撃にかかるのは、その後だ。大打撃を受けている敵に、無傷のヴァン軍が襲いかかる。
 おそらく、ベルリアスからの援軍の到着を待つ必要はない。その前に敵が敗北を受け入れるか、戦闘継続が不可能になっているだろう。
 そして、本当にヴァーシスと魔道士達が三回以上全力で攻撃をすることに耐えきったら、その場合は魔法騎士団や一般兵の戦闘任務はあまり残っていない。獣人とアンデッドはほぼ全て、炭か灰になっている。悪霊がやってきても、ひたすら見晴らしのいい焦土になってしまった土地にはもはや悪霊が再生できるだけの生気は残っていない。一度散らせばそれでいい。悪霊の持つ壁抜けの能力も周りに何もないのでは恐れるに足りないし、悪霊は再生力こそ驚異だが、攻撃力はもともとそう高くはない。
 本当に三回攻撃できるかは、わからない。しかし、ヴァーシスに関しては、「最低でも三回」と明言したくらいだから、他の魔道士がもてば間違いなく三回以上はやってのけるだろう。

 この作戦の欠点は、経済的な損害が大きすぎることだ。ヴァンの町はヴァン城の正門から数キロメートルは壊滅状態になるし、町の中の炎の精霊の密度が高くなりすぎて、町のあちこちで火災が起こる。金で命は買えないが、戦争が終わったあとも生き残った者の生活は続くのだ。町がめちゃめちゃになり臣民の生活の基盤が破壊されたら、民が苦しむ。
 ヴァーシスはこれよりもっと良い案があればそちらを採用し、自分の案はできれば実行したくないと思って騎士団長に策はあるかと尋ねたし、ヴァンの町を瓦礫の山にして丸ごと燃やす、という作戦案を聞いて騎士団長は絶句した。
 しかし、やはり金で命は買えない。ヴァン城の敷地内の広大な余剰空間を活用すれば臣民が避難生活を送りつつ町の復旧を行う体制は整えられるし、ヴァン王国は首都以外にも大きな町が幾つもある。他の都市から援助物資を運んで、壊れた町は復旧すればいい。
 今は戦時であり、敵が攻め込んできたのだ。何も失わないのは無理だった。それならせめて、失うものが極力少なくて済む案、失うものはなるべくあとから取り戻せるものだけで済む案を採択するしかない。
 会議室に集まった指揮官達からも意見を求めたが、これ以上に味方の命を失わなくて済む案は、誰も思いつけなかった。


 慌ただしく魔道士達が動き始め、一般兵や魔法騎士団もそれぞれ配置につく。魔法騎士団長も自分の部下を指揮した。
 心の中から焦りは姿を消し、その代わりに猛烈に腹が立っていた。



 ケルグの獣人族達よ、お前達はなぜ、ロマシアの力を借りてまでヴァンに攻め込んでなどきたのだ?
 アンデッドも悪霊も、死者なら死者らしく、静かに眠っていれば良かったものを。

 お前達だって、焼かれたくなどないだろう。
 我々だって、美しいヴァンの町を、瓦礫と火の海になど変えたくないんだ。

 お前達の目的が何であろうが、お前達が攻め込んできた以上、我々は臣民と王を守らなければならない。
 だから我々は、やらなければいけない。それは分かっている。

 しかし―――お前達が攻め込んでこなければ、そんなことはやらなくて済んだんだ。
 その上、我々は避難命令に従わなかった臣民や、敵でない獣人族まで焼くことになってしまう。ただの日常を捨てきれなかった臣民や、言葉の通じない国に出稼ぎに来ていて、言葉がわからないために事態を理解できなかっただけの者達、お前達の同胞かもしれないがしかし我々の敵ではない者を焼き殺すなんてことを、なぜ我々がやらされなければならないんだ。

 お前達はなぜ、ヴァンに攻め込んでなど来たのだ?



 だがもはや、理由などは大した問題ではなかった。
 城を守る結界はおそらく、あと数刻しかもたない。
 敵が城内に突入してきて乱戦になれば、数千人単位で死者が出る。魔法騎士はもちろん、ヴァーシスだって神龍族でも魔族でもない。人は万能ではないのだから、何も失わずに済む状況ではない以上、失うものが最も少なくてすむ方法を選択するしかない。やらなくてはいけないのはわかっているし、それに対する不服もない。
 騎士団長が不満なのは、ケルグが攻め込んで来たことだ。
 そんなことを今、考えていても仕方がないのは分かっているが、突然攻め込んできた敵に憎悪と怒りを感じるのは当然のことだ。
 敵に対する怒りや憎しみは、戦いの役に立つ。だから感情を殺そうとは思わなかった。ただ、冷静さを失わないようにと心がけているのだが、それすら難しいのが問題だった。

 騎士団長は心の中で、呪詛の言葉を吐き捨てた。


 【炎の悪魔】を敵に回した愚か者ども。美しいヴァンの町とともに、炎に焼かれて踊るがいい。





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 ヴァーシス様は最強でしかも最凶です、というお話です。
 私の脳内では、LoTS世界の、あの時点での最強の人類は間違いなくヴァーシスだということになっています。
(だってメリクルはきっと、人類じゃない…。)

■魔法騎士団長が若くて青二才だと言うのは、ケルグが攻め込んできたとき、明らかにヴァーシスの方が冷静で、指揮官として役に立ちそうだったことからの妄想です。

■ヴァーシスが火山に閉じ込められていた期間が一年というのは、キャラクターデータを見るとセレエの即位からLoTSの間にヴァー、セレエ、ニールがみんな一歳ずつ年齢が上がっていることからです。が、誤差があるとのことですからあくまで妄想です。

■ヴァン王国はこの話の中では、かなりの自治権がある都市が幾つも集まった、半ば連合王国に近い国としてイメージされています。ヴァン王国軍とは別にそれぞれの都市に兵がいますが、各都市の軍とヴァン王国軍とは密接に関連していて、別の組織と言い切れるわけでもありません。ただし魔法騎士団は自治都市としてのヴァンの兵士であると同時にヴァン王家の私兵団に近い存在でもあって、わりと特殊な存在です。これも言うまでもなく妄想です。

■ヴァーシスが小柄だというのは、LoTSの世界の人類は平均身長が高そうだと思っているからです。LoTSの世界は「人間」にも黒髪黒目の人は少ないですし、現実世界で言うと白人で金髪の人が多い人種あたりの身長を想定しています。
 ヴァーシスはニール(182cm)よりかなり背が低いらしいのと、実弟のセレエがクリスより低いそうなので、まあクリスくらいの身長(172cmくらい)かな、と想定
 ↓
 アメリカ白人で成人男性だと170cmは小柄だと聞いたことがあるのと、クリスが身長をサバよんでる(背が低いのを気にしている?)のと、178cmあるアレクが背が低いと嘆いている(人並みかそれより高い程度はあるけど、長身になりたかったという嘆きではないかと想定)ことから、ヴァーシスは小柄だという設定になりました。もちろん、これも妄想です。